モリエルミニストリートは?
私たちの目的
モリエルミニストリーズは、聖書がヘブライ的な書物であること(ヘレニズム的な書物ではないこと)を再認識してもらうことに主眼を置いた奉仕です。私たちは聖書解釈の方法を第二神殿期のユダヤ教にならいます。それはつまり、新約聖書の著者たちが用いた解釈の方法を再発見しようという試みです。
私たちは多くの学者にならって聖書的なユダヤ人文化の「シツ・イン・レベン(歴史的背景)」に注目します。ただし、私たちはみことばの深みを理解するために、従来の文法的・史実的な解釈に加えて、初期のミドラッシュ的な解釈を用います。
しかしながら、私たちはグノーシス主義のように象徴や予型から教理を作ることはしません。もっとも、教理を例証し理解を深めるために予型やたとえの必要性を認めています。
- モリエルミニストリーズは、他の信仰を持つ人たちへ向けて始められた伝道奉仕です。ユダヤ人やローマ・カトリック、リベラルなプロテスタントなどの名目上だけの(福音的でない)人たちへ向けて始められました。また私たちはメシアニックジューのための弁証論や、イスラム教への伝道、異端への伝道についてのセミナーを開いています。
- モリエルミニストリーズは、メシアニックジュー同士の交わりがない場所に交わりの場を立て上げます。これは“交わり”であって、ただの集まりではありません。これはユダヤ人伝道のため、またユダヤ人信者とユダヤ人伝道に召された者に、メシアとしてのイェシュアを信じながら、自分たちのアイデンティティーを保ち表現することを可能にします。
- モリエルミニストリーズは、聖書の基礎に立った集会がない場所に、信者たちが教会を立て上げることを援助します。私たちはヘブライ語でこれを「ミスゲイ・ラダク Misgay Ladach」と呼びます。「苦しむ者の避難所」という意味です。
- モリエルミニストリーズは、聖書の信頼性をおびやかしたり、みことばの権威を台無しにするような教理(深刻な間違いを含む)に反対します。これはユダヤ人に伝道することは有害であるとするような教え(“ニ契約神学”や“キリスト教反ユダヤ主義”、“反シオン主義”)について特に真実です。
信仰箇条 Statement of Faith
- 私たちは、まことの唯一の神はイスラエルの神であることを固く信じる。神は父、子、聖霊の位格を持つ三位一体の神である。みことばで命じられているように神のみが礼拝されるべきである。
- 私たちは、原語で書かれた旧約・新約聖書の原本が教理的に無誤無謬であること、みことばの史実性を信じる。
- 私たちは、聖書全体が私たちの信仰と奉仕のための最高の権威を成していることを信じる。聖書が真の教理の唯一の基礎であることを認める。
- 私たちは、人の罪のために、救いは悔い改めとイエスへの信仰による新生の経験を通してやってくると信じる。イエスが私たちの罪を取り除き、イエスの義を与えられたこと、イエスを個人的に受け入れ、みことばに従ってイエスに忠実でなければならないことを固く信じる。イエスを退ける者は永遠の滅びに至る。
- 私たちは、人が堕落していることと被造物が堕落していることを信じる。人が完全なる神の前で自分を正当化するのは不可能である。
- 私たちは、イエスが千年王国の前に再臨し、その時彼が地上に千年王国を建て上げることを固く信じる。
- 私たちは、イエスを真に受け入れた異邦人がイエスを退けたユダヤ人と置き換えられることを認める。一方で、その異邦人は霊的な意味でイスラエルへ接ぎ木される(ローマ11章に基づく)、教会がイスラエルに置き換わるという教え―これは誤りであると私たちは固く信じる。
- 私たちは、預言されている神の世に対する救いの計画は、イスラエルが集められることとその救いに密接に関係していると信じる。
- 私たちは、カリスマ的な賜物を含む聖霊の賜物を信じ、それが教会の中で働き続けていると信じる。しかし、私たちは、カリスマ派やペンテコステ派のどの過激主義にも反対する。また伝統主義や経験主義の神学をすべて退ける。
- 私たちは信者の洗礼を固く信じる。
- 私たちは、他の福音的信者や教会、奉仕団体に見られるような聖霊の一致を切望する。これは本質的ではない教理の完全な一致を見なくても可能である。
- しかしながら、私たちはエキュメニズム(教会統一運動)や福音的でないキリスト教との協力のような偽りの一致を拒否する。それは救いの教理の不一致や、聖書の他に教理の基礎を置く場合である。
Jacob Praschについて
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モリエルミニストリー本部(英語)
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