新しい説教が翻訳・掲載されました。
「主の日」です。
バビロン捕囚、紀元70年の神殿崩壊、それらのことによって主の日は象徴(予型)されていました。その時に何が起こったかを知れば主の日に何が起こるかが分かります。
『ああ、まことに主の日はやみであって、光ではない』(アモス6:20)にあるように、主の日は恐ろしいものとなります。私たちは将来にどのようなことが起こると心得るべきなのでしょうか。
未分類 | MorielDaisuke | 11 月 20, 2009 2:25 pm | 記事を送信 | 記事を印刷
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